学生時代はクローザーだったパベルボンだが、2003年4順目でBOSに入ってから、マイナー時代は主に先発投手だった。だからマイナーでのセーブは1つしかない。
メジャー1年目は先発もしたが、以後はセットアッパー、そしてクローザーとなった。しかし毎年のように先発転向の声が聞こえてきた。本人の希望というよりはその豊かな資質を認める周囲が、先発に転向させたいと思ったからだろう。松坂が入団した2007年も一度は先発転向の話が決まったが、代わりのクローザーをまかされたジョエル・ピネイロが失敗した上に、本人がクローザーに固執したこともあって、シーズン開幕前にクローザーに復帰した。以後は、万全の火消しとして存在感を高めている。
武器はホップするようなフォーシームとツーシーム、さらにスライダーを覚えた。コントロールもリーグトップクラス。そして193cmの堂々たる体躯からあふれ出る闘志もすばらしい。
毎年パベルボンのSTATSは内容が変わっている。2007年はめったに安打を打たれない投手だったが、2008年はやや安打を許す代わりに四死球率が9回投げて1個のレベルにまでになった。マリアノ・リベラのような決め球はないが、最も信頼できるクローザーになった。
2009年は防御率が1.85。まさに頂点という感じだが、子細にみるとそれ以外のSTATSはことごとく2008年よりも落ちている。気になるのはWHIPがクローザーとしては良くない1.15、そして投手本来の力を示すDIPSが2.98。これは主に四球が増えたことが原因だ。ポストシーズンLAA戦の救援失敗がきがかりだ。
登板過多ではないが、投手というのは微妙なバランスが狂うとSTATSが大きく変わることがある。今年は注目してみたいと思う。
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ここ2年に限るなら、BOSの投手陣を支えたのは左腕のジョン・レスターだ。2008年は松坂が18勝したが、地元ファンはレスターをNo.1投手に選出した。投球回数が上回っていたし、安定感があったからだ。そして2009年はさらに内容的にも成長した。
2009年は三振が取れる投手になっていた。それは、球速とともに球の切れが増していたからだ。被安打率も下がった。2009年は左打者(202打数52安打.257)よりも右打者(566打数134安打。237)のほうが被安打率が低い。ERAは悪くなったが、それは彼の責任というより運不運によるところが多い。DIPSは改善している。被本塁打が増えているのは、より攻撃的な投球が増えているからだろう。
ガンを克服してノーヒットノーランを記録した美談は、過去のものになった。むしろ、まだ25歳のレスターはその未来像を語ることがふさわしい投手だと言えよう。
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ベケットは99年1順目、全体でも2番目でFLAに入った。1番はジョシュ・ハミルトン、ジトやベン・シーツも同じ1順目の表の中にいる。それから順調にMLBに昇格し、実績を積み上げてBOSに移籍したのだが、STATSを見ると、投手として完成されたのはBOSに移ってからだということが分かる。
FLA時代のベケットは195cmの上背から投げ込む、いずれも150km/hオーバーのフォーシームとツーシームが武器だったが、制球はいまいちだった。それでも、勢いで押していたのだが、BOS移籍の1年目の2006年に問題点が噴出する。1試合当たりの四球が3個を超え、被安打も多く、ERも100を超えた。この年はバリテック、ミラベリと2人の捕手と組んだが、ミラベリの時の方が良く、バリテックとはぶつかることが多かった。しかし、2人の関係は徐々に修正されていく。バリテックは勢いに任せて投げるベケットに、コントロールの大事さ、球数を抑える大事さを教えるのだ。また70%がファーストボールだったベケットに変化球も投げさせた。その成果は翌年の20勝となってあらわれる。2008年は故障で満足なシーズンがおくれなかったが、2009年は再びエースのSTATSを残す。注目したいのは、2007、8、9年と、DIPSの方が常にERAよりも良いということだ。バックスの事情や運不運、そして自身の好不調にかかわらず、エースとして投球を続けているのだ。
ベケットは恐らく2010年も期待できるだろう。この投手を完成させたのはBOSであり、バリテックだと言っては、言い過ぎだろうか。
バリテックの現役生活は長くはないだろうが、同い年の松坂との間にもベケットと同じような良い関係は築けるだろうか。
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ペドロイアとエルズベリーは同じ1983年生まれだが、エルズベリーの方が1年長く大学(オレゴン州立大)にいたために、1年遅いBOS入団となった。
ナバホインディアンの血をひく細身の外野手がNCAAで注目されたのは、出塁率の高さである。.300を打つバッティングに加えてIsoD(出塁率-打率)が0.1に近い。選球眼が良かったのだ。足も速かったが、クレバーな打撃が目立った。
MLBでの実質デビューもペドロイアの1年あと。ここで見せたのは、素晴らしいスピードだった。実質1年目の2008年はイチローと盗塁王のデッドヒートの末にタイトルを獲得した。そして2009年はさらに高いレベルの盗塁数を記録し、連続タイトルを取った。打線でのペドロイアとの役割分担がはっきりした。ht
エルズベリーは、まだ伸びしろがある選手と考えられている。
これほどの俊足の持ち主であるのに、2008年は40%近いAO(フライアウト)があったのだ。転がせば打率が上がる、という指摘を受けて2009年はAOが26%に減り、ゴロが35%近くになった。
また、学生時代に見せた選球眼は、MLBではまだ目立つものではない。OBPは.350前後だ。この数値も改善されれば、うるさい打者として完成度は上がってくる。
エルズベリーは、2010年も新しい一面を見せてくれることだろう。
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RBIイーターならぬRUNイーターであるペドロイアは、自身の打撃力、出塁力で塁に出て、後続の打棒で帰ってくるのを信条としている。強豪チームにいてこそ力を発揮するタイプの打者だと言える。
身長175cmのペドロイアは2004年のドラフト2順目でBOSに入団した。(この年BOSは1順目指名権がなかったので、実質トップ指名だ)同期で注目された内野手は183cmの左打ちSS、スティーブン・ドリューだった。例のJ.Dの弟。スケールの大きな打撃と華麗な守備はすでにスターの資質を備えていると言われたが、6年後の今、ペドロイアとは大きな差が開いている。兄貴同様ボラスによる銭闘で話題の主とはなったが。
ペドロイアは身体能力が高く足も速い。守備も良いうえに、最近は長打力も付いてきた。そしてこの選手の評価を高めているのが、三振をなかなかしないということだ。何らかの形で後続につなごうとするのだ。2009年はその上に四球を良く選ぶようになった。理想的な上位打者になってきた。2008年のMVPは総合力による受賞だ。
そして、STATS以上に、打席でも守備位置でもやる気満々で、何をするかわからない期待感を抱かせる。見ていて楽しい選手なのだ。昔の選手でいえば、ジョー・モーガンが少し似ているかもしれない。また、デレック・ジーターと通じる部分もあるように思う。チームリーダーに育つ資質を感じさせる、
エルズベリーの成長によってペドロイアは2番が定位置になってきた。MLBでは2番には長打力のある打者が座ることも多いが、シーズン20本塁打を打つようになれば、不動の存在になれるだろう。
気になるのは、ハッスルプレーゆえの怪我だけだ。今年も彼を見に行くファンが増えることだろう。
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あのドームを思わせるような巨大な頭と、闘志満々のプレイを見ていると、ケビン・ユーキリスは堂々たるベテランのような気がするが、まだレギュラーになって4年しかたっていない。少年のようなペドロイアとは、1年しか違わないのである。
ユーキリスは、2001年にドラフト8順目でMLBに入った。タシェアラとは同期だが、3年半もマイナー暮らしを経験し、2004年にMLBに昇格した。マイナー時代からとにかく四球をよく選ぶことで知られていた。2003年AAのポートランドでは、三振数(40)の倍以上の86個もの四球を選んだ。AVGは.327だが、OBPは.467とバリー・ボンズのような数字になった。
BOSは、21世紀にはいってセイバーメトリクスを重視したチーム作りを始めたが、ユーキリスのSTATSは首脳陣の目にとまり、抜擢されたのだ。
レギュラーとなってからも、ユーキリスは常にチームの事情に合わせて役どころを変えてきた。2006年はトップバッターを務め、翌年はペドロイアの台頭とともに2番へ、さらに2008年は6番、マニー・ラミレスの移籍とともにときには4番を打つこともあった。2009年はベイの後ろの6番を打った。守備位置も3塁、1塁を往復した。守備は、華やかさはないが実に堅実。確実なキャッチングで取りこぼしがほとんどない。
チームが求める役どころで、常に首脳陣を満足させる結果を残してきたユーキリスだが、ベイが抜け、ローウェルに大きな期待ができず(12月に受けたメディカル・チェックでひっかかって移籍が立ち消え)、オルティーズも下り坂、ドリューはいつもの重役出勤という中で、2010年は主軸打者としての期待がかかっている。常にだれかを引き立てる役どころに徹してきた彼だが、主役級の活躍が求められているのだ。
昨年は、故障で戦線離脱も経験した。しかし、31歳の働き盛りを迎える。長打力はこれから伸びてくるはずだ。昨年春先の大当たりをシーズン通じて続けることができれば、もう一段ステップアップして、「人気者」から「大打者」へと変わることができるのではないか。
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野球の映像として一番面白いのは何か、と言われれば、私は守備のファインプレーだと答える。本塁打も剛速球の三振もそれなりに面白いが、難しい打球をクールに処理する映像は胸がすく思いがする。少し前ならオマー・ヴィスケルの猫のような動きとさりげない球さばき、そして今はタシェアラの柔らかい守備の動きが好きである。ミットを低く構えて、難しいバウンドも軽く処理する。精度感のある守りだ。昨年NYYに移籍して、彼の守備を見る機会が増え、その素晴らしさを堪能した。
高校時代から長打力で知られたタシェアラは、1998年BOSから6順目で指名されるがこれを拒否し、名門ジョージア工科大へ。この時のいきさつがあるので、BOSに行くことはないとされる。ここでも驚異的な数字を上げて、2001年にTEXから1順目、ボーナス150万ドルで入団する。そして瞬く間にMLBに駆け上がるのだ。
バッティングでは卓抜だったタシェアラだが、3Bの守備はお粗末で15試合で7つのエラーをして1塁にコンバートされた。ここから、攻守のバランスのとれた名選手が生まれるのだ。スイッチヒッターで、守備でも抜群なのだから、怖いものなしである。
タシェアラは、2007,2008年とシーズン半ばでの移籍を経験している。これは代理人ボラスの画策によるものだが、いずれもリーグをまたぐ移籍であり、環境は大きく変わったはずだが、どのチームでも実績を上げている。守備を見てもそうだが、冷静沈着な男のようである。この2シーズンは好調だったにもかかわらず、タイトル争いにからめなかった。ちょっと珍しいSTATSだ。ただ、スランプは比較的長い方で、2009年も春先はマークが厳しかったこともあり、不振だった。しかし、A-RODの復帰とともに調子を上げ、本塁打、打点の2冠を獲得した。A-RODは、タシェアラがTEXでMLBに昇格した時に、チームメイトだった。信頼関係があるのかもしれない。
ゆっくりとではあるが、NYYの中心打者はA-RODからタシェアラへと移行することだろう。攻守ともにこれからが見どころの選手である。
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ジャスティン・モルノーは、今やカナダの星である。99年に3順目でMINに入団。同期1順目にはベケット、ジト、シーツ、アレックス・リオス、ブライアン・ロバーツらがいる。まさに多士済々だ。
モルノーはエリートではない。Rk に1年半もいたし、マイナー通算で500試合近くも費やしている。しかし、メジャーに定着してからはほぼ安定したSTATSを上げている。
特筆すべきはRBIの多さだ。セイバーメトリクスではRBIは等閑視されているが、野球の試合は得点の優劣を競うのだから、RBIが高い選手は価値がある。モルノーはRCが100以下の年、OPSが.900以下の年でも100打点を上げている。これがRBIイーターと言われるゆえんだろう。
得点圏打率は通算で.300、MVPをとった2006年などは得点圏の打席だけで94打点、2008年は99打点。ランナーがいるときに大きな当たりを打つ選手なのだ。
2005年に死球で欠場した以外は大きな故障はなかったが、2009年は9月に手首を故障し、以後オフシーズンも含めて欠場した。このため100打点ちょうどに終わった。
今年はマウアーが打率だけでなく、長打でも一段の飛躍を見せた。またカダイヤーもモルノーに追いついた感がある。3人ともに生え抜きである。
2010年末にFAになるマウアーに対し、MINは大型の契約をオファーしたとの話もある。彼らの兄貴分を自負し、特にマウアーとは一緒に棲んでいたこともあるモルノーには忸怩たる思いがあるかもしれない。マウアーとともに「MM砲」と呼ばれることを、モルノーはずっと拒否しているという。
2013年まで契約のあるモルノーだが、今シーズンはひときわ力の入るシーズンになるだろう。
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現役投手の完投(CG)数のランキングは以下のとおりである。
現役と言っても、先日引退を表明したランディ・ジョンソンをはじめ現在のロースターに乗っていない大物投手が多い。ベスト10の投手で今も第一線で投げている先発投手はハラデーだけである。11位以下にカーペンターやC.Cなどが並ぶが、ハラデーの記録は突出している。
ここ10年ほどで、投手の分業はさらに精緻に明確になっていって、完投はもはや例外的なSTATSになった。2009年はALすべて合わせても完投は72回に過ぎない。そのうちハラデーは1人で9回も記録しているのだ。
ハラデーは、1995年TORに1順目(17位)、89.5万ドルのボーナス付きで入団した。同じ1順目にはホセ・クルーズ、トッド・ヘルトンらがいた。4年目の98年にはMLBに上がり、99年には先発、リリーフを兼ねるがここから数年は平凡な成績に終わる。故障もあって伸び悩むが、2002年にローテーションに復帰すると、2004年にDL入りした時期を除いて、絶対的なエースとして君臨した。
この投手は、マイナーではなくMLBに上がってから完成された投手である。多くのSTATSがマイナー時代よりも良い。アリーグ東地区と言うMLBの最激戦区でTORは、ポストシーズンへの進出の可能性はほぼ閉ざされているが、その中で圧倒的なエースとして君臨した。
完投にこだわる投球も、往時の国鉄の金田正一(古いか)のような立場ゆえに可能だったともいえるだろう。
2009年末GMの交替とともにハラデーは三角トレードでPHIに移籍。年俸も2011年からは2000万ドルに跳ね上がる。
ハラデーは15年間TORに在籍した。弱小ではあるが、居心地の良い職場だったはずだ。移籍するPHIは、ナリーグ最強チームであり、力の接近する投手が多数いる。その中でもハラデーはエースだろうが、自由度は減るに違いない。
新しいリーグの新しい環境でマウンドを踏むハラデー。興味深い挑戦が始まる。
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身長180cm、77kg。C.Cサバシアなど、巨人のような投手が投げる同じマウンドに立って、細身、長髪の投手が2年連続サイ・ヤング賞である。2009年は15勝での受賞。大いに議論を呼んだが、その受賞の理由を、STATSから探ってみたい。
リンスカムは2006年SFに1順目(全体10位)で指名される。この年は投手の当たり年で1順目だけを見ても、いの一番のホッチェバー、Bモロー、カーショー、チェンバレンなどがいる。野手ではエバン・ロンゴリア。
ワシントン大学の3年目から、リンスカムは圧倒的なマウンドを見せるようになる。強烈に動く115km/hのツーシームとチェンジアップ、スライダー、カーブ。プロ入りした時にはすでに完成していた感が強く、マイナーではほとんど打者を寄せ付けない投球を見せて、翌年にはMLBへ。ここでもほとんど挫折を知らずにトップクラスに駆け上がっている。
さて、2009年のSTATSを見て一目瞭然なのは、勝敗をのぞくほとんどのSTATSが向上していることだ。ERA、完投、完封、被安打、被本塁打、与四球、WHIP。奪三振は少しだけ減っているが、内容的には2008年より上なのだ。それを裏付けるのはDIPS。投手のみに責任がある要素である奪三振、与四球、被本塁打の数値だけで評価したSTATS。リンスカムのDIPSは、2.34。これはナリーグダントツの1位。防御率でも勝星でも上のウェインライトは3.12。サイ・ヤング賞争いのライバル、カーペンターは2.78。
2008年にサイ・ヤング賞を取った投手が、翌年、それより上の数字を残したら、当然受賞対象になるだろう。しかも、投手本来の能力を示す数値は1位である。サイ・ヤング賞選考委員の記者たちは、本当によく見ていると思う。
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