1番打者がおかしい!|エピソード2010-155

これは今季AL各チームの1番打者のSTATSである。(一昨日時点)

SEAだけはイチロー単独のSTATSだが、他チームはすべて複数の選手の記録の合算だ。これを見ると、SEAというチームのいびつさが浮き出てくる。アナ全チームで最も弱い打線だが、1番だけは超一流なのだ。
さて、実は今年のALの1番打者には異変が起こっている。下図は昨年のALの1番打者のSTATSだ。

平均を見ればわかるとおり、今年の1番打者はすべての指数で大きく数字を落としている。今年はリーグ全体の打率も.266→.261、OPSも.763→.737と下がっている。それだけ投手の出来が良かったのだが、1番打者の数字の下落はそれを大きく上回っている。原因はよくわからない。偶然、1番打者の多くが不振に陥ったということか。また昨年までの1番打者が3番など他の打順に回るケースも見られた。
特に下落が大きいのはNYY。1番は言うまでもなくジーターだ。今年はNYY歴代最多安打を更新したジーターだが、デビュー以来最低のSTATSになりそうだ。OPSは.869→.706、RC27は7.20→4.21。中軸の強打が目立つNYYだが、実はその強みの一つは他チームなら3番が務まる打者を常に1番に置いてきたことにある。今季の成績でも他チームの1番と比較してそん色はないが、その魅力が半減しつつあるのだ。今年、BOSはエルズベリー、ペドロイア、ユーキリス、バリテックらが戦線離脱したために、追い上げるパワーが足りなかった。このためにNYYは易々とポストシーズン当確になりつつあるが、来年はこうはいかないだろう。3000本安打がかかるジーターだが、1番を任せることができるだろうか。
DETは今年、フレッシュな顔ぶれが打線に加わり、沈滞ムードが払しょくされた。23歳のトップバッター、オースティン・ジャクソンがその代表格だ。142三振とまだ荒いが、駆け出しの頃のアルフォンソ・ソリアーノのようなスケールの大きさを感じる。来季のDETは期待が持てるだろう。

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デビュー3戦、チャプマンいまだ被安打ゼロ|エピソード2010-154

デビュー以来3戦、チャプマンは終盤7、8回に登板してセットアッパーとしての機能を果たしている。走者は一人出したが、3試合3回を9人でかたづけている。

面白いのは、MLBの各打者は102マイルを超えるような剛速球にことごとく手を出していること。恐らくは始めてみる速さに感覚を慣らすという意味合いがあるのだろう。ただ、速球に気をとられるあまり、次に投じられるカッター、スライダーを空振りしたり、打ち取られたりするケースが多い。
MIL戦は2試合とも下位打線との対戦であり、実力的には測りかねる部分があったが、STL戦は1番マイルズから。さすがに、彼らはボールを良く見ようとしていた。2番ジョイにストレートで四球を与えたあたりでは、チャプマンの頭に血が上りかけただろうが、次はプホルズ。ここでは最速球は出ず、慎重にコントロールを整えたのではないかと思えた。
プホルズは100マイルオーバーの球をじっくり見たが、最後はひっかけてサードゴロ併殺。
いずれ打たれる時は来るだろうが、マインド部分が弱いと言われるチャプマンはこうして少しずつ自信をつけていくのだろう。CINの投手起用はなかなか巧妙だと思った。

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矢野燿大はどんな捕手だったか?|エピソード2010-153

40歳を過ぎてへとへとという感じの昨今だけを見ると、矢野は細い体に鞭打って頑張るただの“ベテラン捕手”に過ぎないが、実は阪神史上最強の捕手だった。少し長い表だが、2リーグ分立後の阪神の歴代捕手の一覧を見ていただきたい。
 
阪神だけではないが、かつて、捕手というポジションはオフェンス面ではほとんど期待されていなかった。2リーグ分立直後の正捕手徳網茂はルーキーだったがアベレージヒッターであり、当時としては珍しい打てる打者だった。しかし以後は規定打席に達する打者は皆無。100安打など遠い夢。2番手捕手に至っては打率2割さえ望むべくもなかった。
1969年に法政大学から入った田淵幸一が、いかに破天荒な捕手だったかはこれを見れば一目瞭然だ。前任者の辻佳紀(ひげ辻)や、控えの和田徹も強打で知られた捕手だったが、田淵はケタ違いだった。打線のお荷物どころか不動の4番。しかも強肩で知られた。エースの江夏との相性も抜群。まさに攻守のかなめだった。しかし、以後の田淵は良く知られているように捕手失格の烙印を押されていく。ファウルを追わない、ブロックができない。実際にはマスコミの阪神不振の“犯人探し”の犠牲者という部分も多かったと思うが、田淵は傷心の果てに西武に移籍する。以後、田淵のような存在は現れず、また捕手として絶対的な信頼感を与える選手もあらわれず、阪神は「帯に短し襷に長し」でやってきたのである(阪神だけでなく、多くの球団にとって“不動の捕手”を得るのは幸甚そのものといってよいと思うが)。
98年矢野の阪神移籍がどれほど大きなことだったかは、この表で明らかだ。矢野は田淵ほどの攻撃力はなかったが、はるかに大きな安定感、信頼性があった。しかも年間100安打以上を8度。立派なレギュラー打者でもあった。移籍の時点ですでに30歳だったが、阪神は矢野に投手陣を委ねた。吉田義男、野村克也、そして星野、岡田という個性の異なる指揮官に信頼され続けたことも評価できる。
実に11年の長きにわたって、矢野は阪神の正捕手であり続けた。これは田淵の9年を抜いて最長である。
名球会や野球殿堂などとは無縁だが、偉大な選手だったといえるだろう。

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矢野燿大、20年の選手生活を終える|エピソード2010-152

今にして思えば、80年代後半の東北福祉大はそうそうたる顔ぶれだった。エースに佐々木主浩、主軸打者に大塚孝二、1年後輩に金本知憲、矢野燿大、2年後輩にATLの斎藤隆、浜名千広。彼らは決してエリートではなかったが、後にNPB、MLBで新たな歴史を作っていくのだ。東北福祉大の特色は打力優先にある。守備力よりは打撃を重視し、積極的に打つ野球だ。すでに故人となったが監督伊藤義博の考えに基づくのだろう。
矢野燿大は体が細く、それほど打力が期待された存在ではなかったが、東北福祉大でのキャリアを経て「打てる捕手」へと変貌していた。これが彼の長いキャリアにつながったと思う。

ドラフト2位で入った中日では、中村武志の控えに甘んじた。中村は星野仙一の“作品”ともいうべき存在だった。星野が監督でいる限り中村の正捕手の座は安泰。矢野は二番手捕手のままだった。
98年、大豊とともに関川、久慈とのトレードで阪神へ。当時はレギュラー未満の選手同士のごく普通の交換だと思われたが、阪神にとっては矢野の獲得は空前の成功だった。
以後、2008年まで阪神は捕手の心配をしなくても良くなったのだ。打力においてお荷物になることが多い捕手だが、矢野は中軸を打つ実力があった。そしてリード面でも当時の阪神の正捕手山田勝彦に勝っていた。毎年のように優勝争いに絡む、近年の阪神の要の位置に矢野は座ったのだ。阪神史上最強の捕手だったと言っても良い。
40歳を超え衰えが見えはじめた矢野の後継に城島が座ったことで、矢野の勇退は既定の事実化していた。しかし、精神的支柱を失うショックは小さくないだろう。特に金本知憲には大きな影響を与えるのではないか。

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松坂大輔、アチソンから9勝目をプレゼントされる|エピソード2010-151

無難な立ち上がりをして順調に押さえていたから、登板回避の影響はないかと思っていた。しかし、投球を調べてみるとそうではなかった。昨日は本調子ではなかったのだ。

完全にペナントレースから脱落しているBALは「自由に打ってよろしい」チームになっている。その気楽さで速いカウントからボール球に手を出してくれたので、1、2回は6人で仕留めることができたのだ。しかし、球速はあったがストライクは入っていなかった。2回までビクター・マルチネスのミットに収まった15球の内11球がボールだったのだ。
例によって3、4、5回と少し持ち直す。しかし、体力的にはやや苦しかったようで、6回に入ると狙い打ちされた。
BAL打線にしてみれば「打てない球ではない」という意識が常にあっただろう。伸びのない速球にだんだん合ってきた。松坂は速球主体からカーブ、チェンジアップ中心に切り替えて乗り切ろうとしたが無理だった。
「松坂は突如崩れる」という意識が強かった首脳陣だが、このところ試合を作ってきたので信頼感が増していた。そのために投手交代時期が遅れた。すんでのところで勝ち星を失いかけたが、アチソンが実に立派な投球をし、ロングリリーフでパベルボンまでつないだ。パベルボンは一人相撲をとりかかったが何とか勝利。松坂はアチソンにお礼を言うべきである。
このところQSから遠ざかっている松坂、次回登板ではいいところを見せたいところだ。

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ヤクルト、ホワイトセルは期間限定お買い得|エピソード2010-150

今年のヤクルトは、投手陣が低迷し青木(5月.218)をはじめ打線も湿りがちだった。ヤクルトはデントナ、ガイエルという外国人がいた。どちらもやや粗いが大きいのが期待できた。特にガイエルは外野手としては守備範囲も広く強肩でリーグ屈指の存在だったが、今年はとにかく打てなかった。
「参りました」という感じで5月末に高田監督が退任し、小川監督代行になったとたんに息を吹き返した。こういうことは往々にしてあるものだ。企業でもそうだが、上司、管理職が変わると空気がガラッと変わることがある。ただ、それに加えて高田監督と入れ替わりで加入した新外国人ジョシュ・ホワイトセルの存在が大きい。

ホワイトセルは、名門ロヨラメリーマウント大では、シュアな打撃で知られた。2003年MTLの7順目(全体177番目)でプロ入り。この年は大当たりで、同期いの一番はデルモン・ヤング、1順目にはニック・マーケイキス、デービッド・アーズマ同じ7順目にはマット・ケンプ、ライアン・ブラウン、ケビン・クーズマノフがいる。ちなみにホワイトセルは、ケビン・ユーキリス、ライアン・ブラウンらと同じユダヤ系である。
ホワイトセルはプロ入り後も順調に数字を残していたが、2006年に故障のため1年を棒に振る。これで出世コースを外れたようだ。本塁打もAVGも残しているが、プロスペクトの評価はなくWSH、ARIと移籍した。一昨年MLBに昇格し、昨年はARIで46試合に出場したが、今季は再びWSHに移り、AAAから再スタート。ここでも3割をマークするが上から声がかからず、NPBの誘いに乗ったという経緯だ。
この選手はジェイソン・ジアンビに似ている。非常にボールを良く見る打者でIsoDは1.00を常に超えている。しかし三振を恐れず振ってくる。同時にミートも上手いから打率も上がる。左打者だがむしろ左投手を得意にしている。
こんな優秀な打者がなぜメジャーに定着できないかというと、足が遅いこと、そして守備がまずいことがあげられよう。1Bでありながら守備率が.980台。毎年10個以上エラーをしている。5ツールプレイヤー、スピード感があるプレイヤーの評価が高いMLBにあって、この手の選手の評価はどうしても低くなる。
日本で直ぐに適応できたのは、この選手の実力、資質から見て当然と言えよう。
ただし28歳のホワイトセルは、NPBで骨をうずめる気はないと思われる。今ではNPBの数字はMLBでもしっかりチェックされている。来季はMLB特にDHのあるALのオファーを期待しているのではないか。
ホワイトセルが来季ヤクルトに残留する可能性はそれほど高くないだろう。期間限定の活躍だと思う。

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チャプマン166km/hを2球!|エピソード2010-149

8回、左腕を軽く振りながらチャプマンはマウンドに上がった。肩幅が広いな、という印象だ。WBCのときよりも表情が穏やか、そしてフォームは明らかに小さくなっていた。
初球は157km/hの速球。捕手のハニガンがボールをベンチに転がした。記念すべきMLB第1球というわけだ。これでも十分に速い、すごいと思えたが、すぐに、もっとすごいものを見ることになる。

3球目に103マイル166km/hが出た。指先を離れたボールが早送りのようにミットをめがけて繰り出された。打者のラクロイも新人。コッタラスと併用されている捕手だが、打者としては非力。辛うじてバットに当てた。で、次の140km/h体に向かってくるスライダーで三振した。捕手はミットの一番端っこでボールをつかまえた。すごく曲がっていた。
いつも思うのだが、速球が早い投手は変化球も速い。変化球であっても、球速の落差ではなくスピードで勝負している。ついていくのが精いっぱいという感じになる。
あとの二人には速球だけ。ほぼ捕手の構えた所にボールがきていた。下位打線であり、代打のゴメスも含めて非力だから、打たれる気配はなかった。あっという間に三者凡退。スタンディングオベーションの中、ベンチへ引っ込んだ。
この春、ストラスバーグとチャプマンという100マイルルーキーがもてはやされたのが、遠い昔のような気がする。もうストラスバーグは再来年までみることができないのだ。
AAAでは105マイル169km/hを記録したという。その球速以上に、今日マウンドで見せた落ち着きとコントロールが本物ならば、チャプマンは使えるだろう。何と言っても左投手なのがすごい。並みの左打者は打てないのではないか。
ペナントレースにもう少しで手が届くCINが、8月31日にロースターに加えた意味もわかるというものだ。
MLBのペナントレースの楽しみがまた一つ増えた。

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黒田博樹、8回2死1安打無失点|エピソード2010-148

ESPNは“Life After Manny”というタイトルで黒田博樹の投球を追いかけた。この見出しは、黒田が降板するとともにひっこめられたが、昨日の黒田の投球は見事なものだった。

立ち上がりはややもたついた。投球数も多かった。2回には死球を与えている。しかし、この日の黒田のシンカー(シュート)は、最高153km/h。速球よりも速いのだ。これは打てないなと思った。
打者はシンカーだけでなく、スプリッターやカーブなどにも手を出し、凡打の山を築いた。狙い球が絞られていなかったのだ。
中盤に入って、黒田の投球は冴え渡った。4,5回6人を17球で料理。それも1番から6番までをきれいに料理した。今年のPHIの打線は、総じて昨年の90 %程度。迫力は減じられているが、それにしてもそうそうたるメンバーに対して素晴らしい投球だった。
6回クルーズに9球粘られて歩かせてからはやや強引な投球も目立った。この日は下位打線の方が黒田によく食いついていったように思う。
8回、ワースを歩かせて、イバネスをショートゴロ。そしてビクトリーノにライト前に運ばれて大記録は夢となった。日本なら最後まで投げさせるだろうが、100球を超えて潮時と判断されたのだろう。
この見事な投球が、ロイ・ハラデーとの投げ合いだったことも意義深い。ハラデーは2試合続けて3失点とやや調子を落としているが、この日の試合でもストライクの数は黒田よりも多かった。現役最高の投手の一人に日本投手のレベルの高さを見せつけたことも快挙だった。

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田中将大、今季絶望|エピソード2010-147

今季の田中は、抜群の安定感を誇っていた。

20回の先発で、QSが実に18回。今年の楽天は打線が弱いため援護は少なかったが、安定感では21回先発QS17回のダルビッシュを上回っている。試合を組み立てる能力ではNPB随一と言っても良い。昨年に比べて被安打率が上がっている。奪三振率も下がっていたが、それでこの成績。ランナーを背負っても動じず、打たせて取る技術に磨きがかかったということだろう。
22歳はデビュー当初の荒々しさがとれて、洗練された投球ができるようになってきたのだ。
 
それだけに、今回の故障は痛恨だ。右大胸筋部分断裂。マウンドでわき腹の痛みを訴えて降板。この怪我は、一般的にはベンチプレスなどでトレーニングしている最中に起きるようだ。
よく解説者が「わき腹は鍛えることができませんから」というが、田中の並はずれた筋力の強さが、自身の体を損傷させたということだろう。全治3週間。今季の出場はない。

やっかいなことは、胸部の筋断裂はフィジカル的に完治しても恐怖感が残ることだ。重量挙げの選手などが、「怖くて力が出せない」と訴えることも多い。思い切って体を使う田中将大の投球に支障が出なければいいが。来年は、斎藤佑樹がプロ入りする。プロでの4年間でどれだけ成長したか、かつてのライバルに見せつけてほしいと思う。

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マニー・ラミレス、シカゴに行く|エピソード2010-146

マニー・ラミレスは、昨日、代打で打席に立ち、投じられた1球目にクレームをつけて退場を宣告された。マニーらしいと言えばそうだが、ウェーバーにかけられて心はギザギザになっているのだろう。バンダナを巻いた頭、ドレッドヘア、だらしない足元、そのユニフォーム姿はとてもアスリートのそれではない。飲み屋の親父か、地回りのやくざである。
その姿とは対照的にマニー・ラミレスの数字は、エリート打者のSTATSそのものである。

打率は常に上位に位置し、四球は極めて多い。またRBIイーターの名をほしいままにしただけに、打点の多さも際立っている。99年は試合数を大きく上回る打点を稼いでいる。MVPには選ばれていないが、常にその候補にエントリーされていた。BOSに移籍してからも主軸としての活躍をしてきた。彼の何よりの勲章は、強打者が揃う外野手部門で獲得した9度のシルバースラッガー賞だろう(イチローは3度)。
しかし2007年を最後に規定打席には到達していない。わき腹を痛めるなど故障がちで、しかもBOSチーム内でいざこざを起こした。挙句に2008年シーズン半ば、LADに移籍。当初は活躍したが、薬物使用によるペナルティもあり、以後は出場機会は減っている。今季はチームも沈滞し、本人もスランプ。明らかにモチベーションが下がっている。移籍の話もあったが、2年4500万ドルの2年目。悪名高きスコット・ボラスの顧客でもあり、高い年俸とそれに見合わない数字のために、各球団は手を出しかねていた。
しかし数字を見ればはっきり分かるが、マニー・ラミレスは出場した試合では結果を残している。AVG、OBP、SLG、OPS、RC27など率に関わる数字は依然高い。ケーキは小さくなったが味は変わらないという感じ。ポテンシャルは衰えていないのだ。そして、ポスト・シーズンでの大活躍でもわかるように、マニー・ラミレスは少ない試合数でも結果を出す選手だ。
4.5ゲーム差でMINを追うCWSにとって、“パートタイムスラッガー”マニー・ラミレスは格好の助っ人だろう。LAD移籍当時と同様、大活躍するのではないか。シーズン終了後はマニーが残留する可能性は少ないと思うが、これでAL中地区のペナントレースが面白くなった。

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