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	<title>野球の記録で話したい</title>
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		<title>60年代入団の阪急野手｜クラシックSTATS鑑賞　阪急</title>
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		<pubDate>Tue, 07 Sep 2010 03:38:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>khiroott</dc:creator>
				<category><![CDATA[クラシックSTATS鑑賞]]></category>
		<category><![CDATA[NPB]]></category>

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		<description><![CDATA[阪急の第一次黄金時代とは、67年からの3連覇を言う。スペンサーという圧倒的な存在を得て、チームが覚醒した感がある。その直後に68年という空前のドラフト大豊作年があって、山田、加藤、福本という大選手が入団。第二次黄金時代、第三次黄金時代へと続いていく。
打てない地味な時代の選手と、新しい時代の選手が同居しているのが60年代の阪急ブレーブスである。
捕手　
■岡村浩二（1961-71）　
■中沢伸二(1965-85)　　
一塁手
■石井　晶（1960-71）　
■加藤秀司(1969-82)　　
二塁手
■山口富士雄(1963-73)　　
■スペンサー（1964－68　71-72）　
■住友　平(1966-75)　　
三塁手
■森本　潔(1965-76)　　
■井上　修(1970-80)　　
遊撃手
■阪本敏三(1967-71)　　
■大橋 穣(1972-82)　　
外野手
■矢野　清(1961-70)　　
■早瀬方禧(1963-69)　　
■大熊忠義(1964-81)　　
■山本公士(1964-70)　　
■ウィンディ(1964-69)　　
■高井保弘(1966-82)　　
■長池徳士(1966-79)　　
■当銀秀崇(1968-77)　　
■福本　豊(1969-88)　　
■正垣宏倫（1969-76）　
70年代以降次々と強打者が入団し、阪急のチームカラーは大きく変貌していく。
クラシックSTATS鑑賞　阪急　総INDEX
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		<title>1番打者がおかしい！｜エピソード2010-155</title>
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		<pubDate>Tue, 07 Sep 2010 00:08:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>khiroott</dc:creator>
				<category><![CDATA[エピソード2010]]></category>
		<category><![CDATA[MLB]]></category>
		<category><![CDATA[イチロー]]></category>
		<category><![CDATA[シアトル・マリナーズ]]></category>
		<category><![CDATA[ニューヨーク・ヤンキース]]></category>

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		<description><![CDATA[これは今季AL各チームの1番打者のSTATSである。(一昨日時点）
<p></p>
SEAだけはイチロー単独のSTATSだが、他チームはすべて複数の選手の記録の合算だ。これを見ると、SEAというチームのいびつさが浮き出てくる。アナ全チームで最も弱い打線だが、1番だけは超一流なのだ。
さて、実は今年のALの1番打者には異変が起こっている。下図は昨年のALの1番打者のSTATSだ。
<p></p>
平均を見ればわかるとおり、今年の1番打者はすべての指数で大きく数字を落としている。今年はリーグ全体の打率も.266→.261、OPSも.763→.737と下がっている。それだけ投手の出来が良かったのだが、1番打者の数字の下落はそれを大きく上回っている。原因はよくわからない。偶然、1番打者の多くが不振に陥ったということか。また昨年までの1番打者が3番など他の打順に回るケースも見られた。
特に下落が大きいのはNYY。1番は言うまでもなくジーターだ。今年はNYY歴代最多安打を更新したジーターだが、デビュー以来最低のSTATSになりそうだ。OPSは.869→.706、RC27は7.20→4.21。中軸の強打が目立つNYYだが、実はその強みの一つは他チームなら3番が務まる打者を常に1番に置いてきたことにある。今季の成績でも他チームの1番と比較してそん色はないが、その魅力が半減しつつあるのだ。今年、BOSはエルズベリー、ペドロイア、ユーキリス、バリテックらが戦線離脱したために、追い上げるパワーが足りなかった。このためにNYYは易々とポストシーズン当確になりつつあるが、来年はこうはいかないだろう。3000本安打がかかるジーターだが、1番を任せることができるだろうか。
DETは今年、フレッシュな顔ぶれが打線に加わり、沈滞ムードが払しょくされた。23歳のトップバッター、オースティン・ジャクソンがその代表格だ。142三振とまだ荒いが、駆け出しの頃のアルフォンソ・ソリアーノのようなスケールの大きさを感じる。来季のDETは期待が持てるだろう。
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		<item>
		<title>デビュー3戦、チャプマンいまだ被安打ゼロ｜エピソード2010-154</title>
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		<pubDate>Mon, 06 Sep 2010 06:40:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>khiroott</dc:creator>
				<category><![CDATA[エピソード2010]]></category>
		<category><![CDATA[MLB]]></category>

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		<description><![CDATA[デビュー以来3戦、チャプマンは終盤7、8回に登板してセットアッパーとしての機能を果たしている。走者は一人出したが、3試合3回を9人でかたづけている。
<p></p>
面白いのは、MLBの各打者は102マイルを超えるような剛速球にことごとく手を出していること。恐らくは始めてみる速さに感覚を慣らすという意味合いがあるのだろう。ただ、速球に気をとられるあまり、次に投じられるカッター、スライダーを空振りしたり、打ち取られたりするケースが多い。
MIL戦は2試合とも下位打線との対戦であり、実力的には測りかねる部分があったが、STL戦は1番マイルズから。さすがに、彼らはボールを良く見ようとしていた。2番ジョイにストレートで四球を与えたあたりでは、チャプマンの頭に血が上りかけただろうが、次はプホルズ。ここでは最速球は出ず、慎重にコントロールを整えたのではないかと思えた。
プホルズは100マイルオーバーの球をじっくり見たが、最後はひっかけてサードゴロ併殺。
いずれ打たれる時は来るだろうが、マインド部分が弱いと言われるチャプマンはこうして少しずつ自信をつけていくのだろう。CINの投手起用はなかなか巧妙だと思った。
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		<title>加藤秀司｜クラシックSTATS鑑賞　阪急-43</title>
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		<pubDate>Mon, 06 Sep 2010 03:41:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>khiroott</dc:creator>
				<category><![CDATA[クラシックSTATS鑑賞]]></category>
		<category><![CDATA[NPB]]></category>

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		<description><![CDATA[長池とともに次黄金時代を担った左打者。シュアな打撃と長打力を併せ持つ、理想的な打者だった。


【キャリア】
静岡県川崎町出身。PL学園高から松下電器に進む。66年に東映、67年に南海からドラフト指名を受けるがいずれも拒否。68年ドラフト2位で阪急入団。一塁手として活躍。83年広島、84年近鉄、86年巨人、87年南海に移籍。同年引退。解説者、日本ハム、オリックスコーチを歴任。
【タイトル、それに準ずる記録】
●首位打者2　●打点王3　●最多安打1　●最高出塁率3　○最多二塁打2
・打撃10傑入り9・OPS.900以上7　・RC100以上2　規定打席以上14シーズン
MVP1、ベストナイン5、ゴールドグラブ3、オールスター出場11回　
【論評】
ヘルメットにバットをコツンと当てて、低い姿勢で構えるフォームには独特の味があった。全盛期は火の出るようなライナーを打っていた。大きな体ではないのに、毎年のように30本塁打近く打ったのは、ツボにはまった時にフルスイングできたからだ。バットスイングは猛烈に速かった（加藤秀が日ハムコーチのときに小笠原にフルスイングを伝授したというのもうなずける）。
当初は長池の前の3番に座り、打率狙いの中距離打者だったが、75年長池が不振に陥ると本塁打も量産した。能力の高さをうかがわせる。また1B守備もゴロさばきが巧み。首を少し傾げて打球を処理するところは、同時期の王貞治と似ていた。また、若いころはよく走っていた。まさに走攻守そろった名選手だった。後ろに長池という強打者が控えていただけに四球は多くなかった。
82年34歳のときに.235に終わると広島の水谷実雄とトレードで広島に移籍。この年のシーズン当初は不振を極め、パの野球のレベルがセよりも低いのではないかという記事まで出た。以後、加藤秀は毎年のようにチームを変えるジャーニーマンとなる。阪急では押しも押されもせぬ大スターだっただけに、つらい日々が続いたと思われる。
晩年はとにかく2000本安打を打つことが目的となっていた。達成の数日前、大阪球場の三塁側で試合を見ていたが、加藤秀の振り遅れのファウルが何本もスタンドに飛び込み、肝を冷やしたことがある（当時ファウルボールは球場に返し、キーホルダーを貰うことになっていた）。左の強打者が打てなくなるケースは何度か見てきたが、加藤秀はスイングが波打つ感じで、往時を知るものとしてはややショックだった。
解説者としては、ぼやき節風。打撃論には面白いものがあった。
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		<title>福本　豊｜クラシックSTATS鑑賞　阪急-42</title>
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		<pubDate>Sun, 05 Sep 2010 03:00:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>khiroott</dc:creator>
				<category><![CDATA[クラシックSTATS鑑賞]]></category>
		<category><![CDATA[NPB]]></category>
		<category><![CDATA[イチロー]]></category>

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		<description><![CDATA[その気さくな性格ゆえに、大きな存在とは見られないが、王貞治、張本勲、イチローと並ぶ歴史的な選手である。スピード野球の扉を開けた。
<p></p>
【キャリア】
大阪市生野区出身。大鉄高では甲子園出場、松下電器を経て69年ドラフト7位で阪急入団。外野手として活躍。88年引退。オリックス、阪神コーチを歴任。2002年殿堂入り。
【タイトル、それに準ずる記録】
●盗塁王13　●最多安打4　○最多得点10　○最多二塁打3　○最多三塁打8　○最多四球6
・打撃10傑入り8・OPS.900以上1　・RC100以上4　規定打席以上17シーズン
MVP1、ベストナイン10、ゴールドグラブ11、オールスター出場16回　サイクル安打、30試合連続安打、初回先頭打者本塁打43
【論評】
インタビューを生業の一部としているのでアスリートに話を聞く機会がしばしばある。名選手の多くは有名人のオーラを発していたものだが、福本豊は全くそういう気配がなかった。近所のおじさんと話をしている感じがした。ただ、その話は尋常ではなかった。
オフシーズンには北陸へよくカニを食べに行ったそうだが、メスガ二（セコガニ）が大好きで、宿に頼んでざるに山盛りカニを持ってもらい、ビールを片手に一晩中食べ続けたという。三泊四日で行けば毎日そうしたという。食への極端なこだわりは、イチローに通じるものを感じさせた。
盗塁の記録がどうしてもクローズアップされるが、打者としての福本も稀に見る存在だ。
打率は常に3割近くを打つ上に、四球は50を超えている。IsoDは当時としては高い.070以上。つまり中々凡退しない打者だった。その上どんな形であれ出塁すれば全盛期は50％以上の確率で2塁まで進んだのだ。1人で2人以上の働きをする打者といってよいだろう。
その密度は、イチローのNPBでのレギュラーシーズン7年との比較で出てくる。
<p></p>
●は塁打と四球、盗塁の合計から盗塁死を引いた数値での比較。つまり単純に「いくつ塁をとったか」という数字だ。圧倒的に安打を量産し、長打でも福本を上回るイチローだが、盗塁の数値を合計すると福本とほぼ拮抗する。生産性はほぼ同等なのだ。他チームにとっては、イチローと同様最大の脅威だっただろう。
外野手としても福本は守備範囲の広さと、捕球してからの早さ、的確さで一流の存在だった。
そして福本の本当の偉大さは、多くの大選手と同様、息の長さにある。実に18年の長きにわたって100安打を打ち続けた。平均すれば138安打。130試合制では1チームのシーズン安打数は1200安打前後だが、福本は1人でその1割以上を打ち続けたのだ。首位打者の可能性も十分にあったと思う。
福本豊は、自らの打撃や走塁のノウハウを論理的に言わないことで知られる。走塁は「気合いや！」打撃も「バッ」「ゴーン」「カーン」。福本語録と言われる名（迷）言は、彼の野球の精妙さの反証だと思う。真似してできるものではないし、学べるものでもない。「説明の拒絶」は、福本のレベルの高さを意味しているのではないか。この部分もイチローに通じると思う。
盗塁世界記録を達成した時の国民栄誉賞の辞退、監督に就かなかったことなど、福本豊の生き方には背骨の存在を感じる。
2002年鈴木啓示とともにドラフト施行後最初の殿堂入り。野球中継などを通じて、我々は日々、気さくな偉人と接しているのである。
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		<title>矢野燿大はどんな捕手だったか？｜エピソード2010-153</title>
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		<pubDate>Sat, 04 Sep 2010 22:37:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>khiroott</dc:creator>
				<category><![CDATA[エピソード2010]]></category>
		<category><![CDATA[NPB]]></category>

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		<description><![CDATA[40歳を過ぎてへとへとという感じの昨今だけを見ると、矢野は細い体に鞭打って頑張るただの“ベテラン捕手”に過ぎないが、実は阪神史上最強の捕手だった。少し長い表だが、2リーグ分立後の阪神の歴代捕手の一覧を見ていただきたい。
 
阪神だけではないが、かつて、捕手というポジションはオフェンス面ではほとんど期待されていなかった。2リーグ分立直後の正捕手徳網茂はルーキーだったがアベレージヒッターであり、当時としては珍しい打てる打者だった。しかし以後は規定打席に達する打者は皆無。100安打など遠い夢。2番手捕手に至っては打率2割さえ望むべくもなかった。
1969年に法政大学から入った田淵幸一が、いかに破天荒な捕手だったかはこれを見れば一目瞭然だ。前任者の辻佳紀（ひげ辻）や、控えの和田徹も強打で知られた捕手だったが、田淵はケタ違いだった。打線のお荷物どころか不動の4番。しかも強肩で知られた。エースの江夏との相性も抜群。まさに攻守のかなめだった。しかし、以後の田淵は良く知られているように捕手失格の烙印を押されていく。ファウルを追わない、ブロックができない。実際にはマスコミの阪神不振の“犯人探し”の犠牲者という部分も多かったと思うが、田淵は傷心の果てに西武に移籍する。以後、田淵のような存在は現れず、また捕手として絶対的な信頼感を与える選手もあらわれず、阪神は「帯に短し襷に長し」でやってきたのである（阪神だけでなく、多くの球団にとって“不動の捕手”を得るのは幸甚そのものといってよいと思うが）。
98年矢野の阪神移籍がどれほど大きなことだったかは、この表で明らかだ。矢野は田淵ほどの攻撃力はなかったが、はるかに大きな安定感、信頼性があった。しかも年間100安打以上を8度。立派なレギュラー打者でもあった。移籍の時点ですでに30歳だったが、阪神は矢野に投手陣を委ねた。吉田義男、野村克也、そして星野、岡田という個性の異なる指揮官に信頼され続けたことも評価できる。
実に11年の長きにわたって、矢野は阪神の正捕手であり続けた。これは田淵の9年を抜いて最長である。
名球会や野球殿堂などとは無縁だが、偉大な選手だったといえるだろう。
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		</item>
		<item>
		<title>矢野燿大、20年の選手生活を終える｜エピソード2010-152</title>
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		<pubDate>Sat, 04 Sep 2010 02:45:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>khiroott</dc:creator>
				<category><![CDATA[エピソード2010]]></category>
		<category><![CDATA[NPB]]></category>
		<category><![CDATA[城島健司]]></category>

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		<description><![CDATA[今にして思えば、80年代後半の東北福祉大はそうそうたる顔ぶれだった。エースに佐々木主浩、主軸打者に大塚孝二、1年後輩に金本知憲、矢野燿大、2年後輩にATLの斎藤隆、浜名千広。彼らは決してエリートではなかったが、後にNPB、MLBで新たな歴史を作っていくのだ。東北福祉大の特色は打力優先にある。守備力よりは打撃を重視し、積極的に打つ野球だ。すでに故人となったが監督伊藤義博の考えに基づくのだろう。
矢野燿大は体が細く、それほど打力が期待された存在ではなかったが、東北福祉大でのキャリアを経て「打てる捕手」へと変貌していた。これが彼の長いキャリアにつながったと思う。
<p></p>
ドラフト2位で入った中日では、中村武志の控えに甘んじた。中村は星野仙一の“作品”ともいうべき存在だった。星野が監督でいる限り中村の正捕手の座は安泰。矢野は二番手捕手のままだった。
98年、大豊とともに関川、久慈とのトレードで阪神へ。当時はレギュラー未満の選手同士のごく普通の交換だと思われたが、阪神にとっては矢野の獲得は空前の成功だった。
以後、2008年まで阪神は捕手の心配をしなくても良くなったのだ。打力においてお荷物になることが多い捕手だが、矢野は中軸を打つ実力があった。そしてリード面でも当時の阪神の正捕手山田勝彦に勝っていた。毎年のように優勝争いに絡む、近年の阪神の要の位置に矢野は座ったのだ。阪神史上最強の捕手だったと言っても良い。
40歳を超え衰えが見えはじめた矢野の後継に城島が座ったことで、矢野の勇退は既定の事実化していた。しかし、精神的支柱を失うショックは小さくないだろう。特に金本知憲には大きな影響を与えるのではないか。
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		<item>
		<title>松坂大輔、アチソンから9勝目をプレゼントされる｜エピソード2010-151</title>
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		<pubDate>Fri, 03 Sep 2010 23:41:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>khiroott</dc:creator>
				<category><![CDATA[エピソード2010]]></category>
		<category><![CDATA[MLB]]></category>
		<category><![CDATA[松坂大輔]]></category>

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		<description><![CDATA[無難な立ち上がりをして順調に押さえていたから、登板回避の影響はないかと思っていた。しかし、投球を調べてみるとそうではなかった。昨日は本調子ではなかったのだ。
<p></p>
完全にペナントレースから脱落しているBALは「自由に打ってよろしい」チームになっている。その気楽さで速いカウントからボール球に手を出してくれたので、１、2回は6人で仕留めることができたのだ。しかし、球速はあったがストライクは入っていなかった。2回までビクター・マルチネスのミットに収まった15球の内11球がボールだったのだ。
例によって3、4、5回と少し持ち直す。しかし、体力的にはやや苦しかったようで、6回に入ると狙い打ちされた。
BAL打線にしてみれば「打てない球ではない」という意識が常にあっただろう。伸びのない速球にだんだん合ってきた。松坂は速球主体からカーブ、チェンジアップ中心に切り替えて乗り切ろうとしたが無理だった。
「松坂は突如崩れる」という意識が強かった首脳陣だが、このところ試合を作ってきたので信頼感が増していた。そのために投手交代時期が遅れた。すんでのところで勝ち星を失いかけたが、アチソンが実に立派な投球をし、ロングリリーフでパベルボンまでつないだ。パベルボンは一人相撲をとりかかったが何とか勝利。松坂はアチソンにお礼を言うべきである。
このところQSから遠ざかっている松坂、次回登板ではいいところを見せたいところだ。
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		</item>
		<item>
		<title>大橋 穣｜クラシックSTATS鑑賞　阪急-41</title>
		<link>http://baseballstats.jp/?p=5157</link>
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		<pubDate>Fri, 03 Sep 2010 09:07:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>khiroott</dc:creator>
				<category><![CDATA[クラシックSTATS鑑賞]]></category>
		<category><![CDATA[NPB]]></category>

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		<description><![CDATA[打撃は弱いが守備がすごいと言われ続けた“守備のスター”。
 
【キャリア】
東京都新宿区出身。日大三高から亜細亜大学、大学通算20本塁打。69年ドラフト1位で東映入団。内野手として活躍。72年阪急移籍。82年引退。阪急、オリックス、ヤクルト、中日、SKでコーチ。統一監督を歴任。
【タイトル、それに準ずる記録】
・打撃10傑入り0・OPS.900以上0　・RC100以上0　規定打席以上1シーズン
ベストナイン3、ゴールドグラブ7、オールスター出場3回
【論評】
大学屈指のスラッガーとして東映に入団。守備力もあり中軸を担うと期待されたが、打撃は全く振るわなかった。当時としては三振が際立って多く、確実性がなかった。しかし守備面では大下剛史を2Bに追いやりSSのレギュラーを獲得。今なら普通に見られるグラブトスによる併殺や、バックハンドトスなど派手なフィールディングでグランドを沸かせた。その評価は72年、阪本敏三とのトレードで阪急に移籍してから定着。“守備だけで銭が取れる野手”としてベストナインにも3度選ばれた。福本豊とはプロ初出場試合も1000試合出場も同じ日、一時期は同期の両雄と見なされたこともあった。
ただ、打率.210台。規定打席にも達していない打者が3度もベストナインに選ばれたのは今見れば、違和感がある。当時パリーグに打てるSSがほとんどいなかったためだが、打撃成績でいえば交換で東映―日拓―日本ハムに移籍した阪本敏三の方が上だった。
70年代後半、打撃優位の野球への変質とともに大橋の出番は減っていく。率直にいえば、やや過大評価された選手のように思える。
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		<item>
		<title>8月の日本人MLB投手｜2010MLBペナントレース-33</title>
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		<pubDate>Fri, 03 Sep 2010 03:25:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator>khiroott</dc:creator>
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		<description><![CDATA[こと志とは違ったが、MLBに何とかポジションを得た、という投手が目立った8月である。
上原浩治
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NHKが投げるたびに「ルパン三世」のテーマ曲を流す。自信を持っていうが似合わない。首脳陣は明言しないが、BALのクローザーは上原になった。8月の成績は素晴らしい。ただし、来季この座が保障されているわけではない。トータルでは年俸（500万ドル）に見合う成績とは言えないからだ。
岡島秀樹。
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岡島は8月、キャリアで初めてマイナーでの登板を経験した（3試合2.1回ER5）。松坂は何度も投げているが、岡島はファーム落ちしたことがなかったのだ。それだけ安定した成績を残し、故障もしなかったのだ。今年は勤続疲労という感じがする。しかし首脳陣は8月30日に昇格させた。ポストシーズンを考えれば不可欠の投手なのだろう。来季へ向けて、残留に向けて、これからが重要だ。
松坂大輔
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今日（現地2日）の登板では9勝目を挙げたものの、久しぶりに「脆い松坂」を露呈したが、8月はQSは1試合だが安定していた。腰痛で1度登板回避したために規定投球回数到達はほぼなくなったが、あと4回程度の先発でどれだけ星を積み上げられるかだ。
黒田博樹
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エース級の活躍のわりに白星が上がらなかったが、ようやく二桁。他チームからオファーがきそうな気配もあり、安定感のある先発投手との定評ができつつある。ここへきて球速が上がっているのが素晴らしい。被安打が減っているのはこのためと思われる。
五十嵐亮太
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8月後半に昇進し、高橋尚が投げていたセットアッパーのポジションに収まってまずまずの仕事ぶり。今年は怪我に泣かされた。今からの仕事で契約最終年の来季の役どころが決まってくるだろう。
高橋尚成
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奇しくも同い年の元同僚、上原ともどもクローザーに収まった。短いイニングでの集中力は抜群だ。奪三振は100に到達。ロングリリーフもセットアッパーもクローザーも先発もできる。指揮官にとってこれほどありがたい存在はないだろう。ここでのアピールが、来季の可能性を拡げることになる。
川上憲伸
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好投しているのに運が悪かったという評価だったが、結局、その不運は自分の力で払しょくしなければならないものだった。中継ぎで1度登板して失敗したのちにファームに落ちた。8月30日にMLBに上がったが、翌日降格。この時点で川上は、ポストシーズンは戦力外と看做されたということだ。4日に先発登板がある。これは来季へ向けたテストという意味合いもあろう。
斎藤　隆
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8月は10度マウンドに上がって自責点0． 40歳を過ぎてがつがつ勝負する必要も無くなったが、まだ通用している。まっすぐの勢いは大したものだ。ポストシーズンも重要な戦力になるだろう。今年も生き延びた。そういう印象。
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