長距離打者と中距離打者|MLB

【2009年1月17日「MLBをだらだら愛す」掲載過去記事】

三振の話でプホルスとゲレーロの名前が出てきた。この二人の打者は本質的には中距離打者だと思う。

私は勝手に、中距離打者とは①「本塁打数/二塁打数」が1.00以下で、②被三振率(三振数/打数)が.150以下の選手だと思っている。(ただし、被三振率の基準は、時代によって大きく違う)。つまり、こういう打者はミート中心の打法で、二塁打を目指しており、その延長線上に本塁打が出るのではないかと。反対に、長距離打者とは「本塁打数/二塁打数」が1.20以上で、被三振率が.200以上だと思っている。

その基準で現役のMLBの主要な打者を調べてみよう。

  A・プホルス  ①0.933 ②.110

 V・ゲレーロ  ①.970  ②.122

 A-ROD      ①1.292 ②.208

 M・ラミレス  ①1.039 ②.219 

 Aダン     ①1.383 ②.324

 R・ハワード  ①1.788 ②.334

 ちなみに歴史上の大打者を見てみると

  B・ルース   ①1.411 ②.158

 H・アーロン  ①1.210 ②.211

 T・ウィリアムス①0.992 ②.092

 長距離打者と中距離打者がわりとはっきり色分けできたように思うのだが。ルースの被三振率は今の基準では低いが、変化球の少ない40年代までのMLBでは、非常に高かった。

その基準で、ある気になる選手の数字を見てみる。

バリー・ボンズである。

  バリー・ボンズ①1.267 ②.156

 このデータは、ボビーが明確な長距離打者ではないことを示している。この数字を彼のキャリア前半11年と後半11年に分けると面白いことがわかってくる。

  バリー前半11年①1.003 ②.157

 バリー後半11年①1.597 ②.154

 バリーは30歳を過ぎてから、三振数を増やすことなく、急に本塁打比率を高めたのである。打法は変わらずに、飛距離のみ伸びた、という言い方もできると思う。これをボンズの研鑽の賜物と手放しに讃えるのは難しい。ステロイドの疑惑を裏打ちする数字ではないか。

このデータはすべての時代のすべての選手に適用できないが、一つの物の見方として密かに面白いと思っている。

 ■後日談:このデータはもう少し突き詰める必要があると思う。

三振に思うこと|MLB NPB

【2009年1月16日「MLBをだらだら愛す」掲載過去記事】

若松勉が野球殿堂入りすることになった。え、もうそんなに時間が経ったのかという感じだ。ベイゴマみたいな太短い体を一閃させて、鋭いライナーを放っていた。

今、この人のSTATSを見て思うのは、三振の少なさだ。2062試合に出てわずかに463。二度目の首位打者になった1977年などは14個である。この年打率.358、死四球53。並みの投手はほとんど打ち取れる気がしなかっただろう。

 これは全くの推測だが、一定のレベルを超えた超一流の打者にとって、三振数はある程度コントロールできるのではないか。王貞治は1960年には101三振していたが、円熟期に入った1972年~74年の3年間では148本塁打する間に128三振しかしていない。振り回すのではなく、「好球必打」の技術を研ぎ澄ますうちにそうなったのだろうが、三振しないでおこうという意思も働いたのではないだろうか。

イチローは、今は10打数に1度ほど三振をする選手だが、まだNPBにいた97年には、216打席連続無三振という記録を作った。これなど、意識して三振しなかった好例だろう。この年もイチローは、.345で首位打者をとっている。超一流の打者にとっては、成績を落とすことなく三振数を減らすことが可能なのではないか。

今、三振数で注目しているのは、カージナルスのアルバート・プホルスである。MLBではイチローと同期、年齢は松坂と同じ(学年は1つ上)のこの選手は、デビューの2001年、329、37本、130打点という素晴らしい成績を残したが三振も93を喫していた。それが2008年には.357、37本、116打点で54三振。これはプホルスの打撃の進境を示しているのだろう。成績は大差なくとも、プホルスという打者は9シーズンで質的に大きく変わったのではないだろうか。

■追加:若松勉の年度別STATSを追加掲載しました。2009年のイチローは、三振がやや多かった。長打率UPと因果関係があるかもしれない。プホルスについては、以後も何度もSTATSを紹介している。

レジー・スミス、ロイ・ホワイトをハワイ名球会イベントに呼ぼう|MLB NPB

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