チュ・シンス(秋信守)の進境|2009年の注目選手-03

今年、WBCで見たチュ・シンスは、あまりぱっとしない印象だった。もう少しでレギュラーの座を獲得するところだったが、チームから守備につかせないよう圧力がかかっていたので、DH専門。打棒の片鱗は見せたが、金泰均らにくらべると迫力に欠けていた。

しかし、MLBが開幕すると、チュは、弱体な打線の4番に座って目立つ活躍をした。
中距離打者だから、本塁打は少ないが、四球を多く選び高い出塁率を記録した。117.33というRCはリーグ5位。イチロー、ベイよりも上である。とにかく打席に立つとただでは退かない、何かをしたという印象があった。
さらに外野守備でも長足の進歩があった。

ライトに定着し、RFはMLB2位。堅実で守備範囲も広いということだ。エラーの数は多いが、それだけ果敢に攻めの守備をしたということだろう。強肩もしばしば見せた。
ジム・コルボーンに見いだされてSEAと契約したのは2000年。当時から外野手だったが翌年にイチローが入団し、順調に上がってきたチュは控えに回らざるを得なかった。2006年にCLEに移籍し出場機会を増やしてきた。
180センチと体は大きくないが、鋭い打球が飛ぶ。パワーヒッターと言う感じだ。アジア人のMLBでの本塁打記録は松井秀喜の31本だが来季はこれを抜く可能性があると思う。
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アレックス・ラミレスという選手|エピソード2009-28

巨人のアレックス・ラミレスはベネズエラ出身。1991年、CLEと契約した。彼を見出したスカウトのルイス・アポンテは敏腕で知られ、マイサー・イズトゥリス、ビクター・マルチネス、マルコス・スクータロなども彼によって見出された。
 
CLE傘下での出世は決して早いとは言えず、6年目の98年にようやくMLBに上がった。CLEでは2歳上のマニー・ラミレスがいて、すでに主軸として活躍していた。しかし、マニーは同姓のアレックスをはっきり認識したかどうかはわからない。アレックスはこの年3試合に出ただけ。翌年も大半をAAAで過ごした。MLB昇格3年目の2000年にPITへ移籍。この年はCLE、PIT合わせて84試合に出場。彼のキャリアでは最多だったが、翌年にNPBに移る。
アレックスがMLBで成功できなかったのは、いわゆるフリースィンガーだったからである。四球をほとんど選ばず、振り回すタイプ。当たれば大きいが、凡退の方が多い。信頼感のない選手だった。
ヤクルトに移籍してからもその傾向は全く変わらなかったが、日本では本塁打が良く出たうえに打率もそこそこ上がった。ヤクルトにはロベルト・ペタジーニと言う同国出身の先輩外国人がいた。ペタジーニはアレックスとは対照的にじっくり球を見る出塁率の高い打者だった。貢献度の高いペタジーニがいるおかげで、アレックス・ラミレスは自由に打つことができた。ペタジーニが巨人に去った後はヤクルトでは主軸となり、重しが取れたように活躍し、本塁打王のタイトルを取った。そしてペタジーニの後を追うように巨人に移籍、今季のMVP獲得へとつながった。
ではあるが、今年の前半、アレックスは全く迫力がなかった。打率も上がらず、貢献度は低いと思われた。後半になって帳尻を合わせるように打って、首位打者を獲得した。しかし、今年のアレックスがMVPに輝く活躍をしたとはとても思えない。四球はわずか22。打率.322に対して出塁率は.347。OPSは2008年.990から.891と大きく下がっている。タイトル、100打点という数字よりも貢献度は相当低いと思う。
今年、阿部慎之助は20試合欠場したものの、長打率、OPSともにリーグ1位の活躍。捕手としてのリードも考えれば、彼の方がMVPにはふさわしいのではないかと思う。2番目が小笠原道大、ラミレスは3番目だと思う。
MVPは記者による投票で決まるが、どんな基準で票を投じたのか、聞いてみたい気がする。
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ベイ、メッツと4年契約で合意|エピソード2009-27

押し詰まった29日(日本時間30日)、ジェイソン・ベイのNYMへの移籍が決まった。4年契約で6600万ドル。大型契約である。とにかくピストルだらけのNYMに大砲が1門加わった。
 
ベイは典型的なRBIイーターである。過去5年間で4度の100打点を上げた。得点圏打率は.360と高かった。三振は多い方だが、四球も良く選ぶので、3割打者ではないが、出塁率は高い。そしてとにかくタフである。2005年以降37試合しか休んでいない。
ベイは西部で文武ともに名門の評判の高いゴンザガ大学でプレーし、MNTから2000年にドラフトで指名される。ただし22順目(全体645番)だった。同期トップはエイドリアン・ゴンザレスだった。
マイナー時代にMTLからNYMさらにSDと移籍し、2003年にMLBへ、同年にPITに移りここでレギュラーとなる。以後、非常に安定したSTATSをたたき出しているのである。
2008年、BOSへ移ってからは、マニー・ラミレスの穴を埋めた。2009年はさらに安定感を増し、OPS、RCともにアリーグ8位の好成績を上げた。
NYMは、ベイを得てようやくMLB最弱の打線に核を得た。

BOSは反対に、中心打者を欠いた形となる。マイク・キャメロンは守備の名手だが中軸を打つには信頼感がない。BOSにとってはオルティーズに大きな期待がかけられない中、マット・ホリデーの獲得が焦点になるのではないか。
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もっとも出塁した選手はだれか?ナリーグ編|2009年のMLB、NPB-06

続いてナリーグで一番出塁した選手。規定打数以上の選手の出塁数の比較。

予想通り、プホルスである。出塁数実に310。率でもトップである。2009年、プホルスは頭一つ抜けた存在になったと言っても良いだろう。次に目立つのは、MILの二人である。フィルダーとブラウン。この顔触れがそろってなぜ優勝できないかと思う。相変わらずアダム・ダンも三振量産の傍ら、たくさん出塁している。四球/安打で見ると、福留が第5位に入っている。今年の成績もぱっとしなかったが、評価が案外高いのはこういうところだろう。
四球を選ばない代表選手はテハダ。一時期まではMLBを代表するスラッガーだったが、ドラッグ禍以降目立たない存在になった。非常に個性的なSTATSを残している。
エイドリアン・ゴンザレスは、今季四球が激増した。彼自身の打席での注意力が上がったということだろうが、同時に投手に恐れられる打者にもなってきたのだ。来季、三冠王を狙うプホルスにとって強敵になる可能性もあると思う。
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松坂大輔の来季は?|日本人MLBプレイヤーの2009-16

実のところ、松坂は2009年のような過ちは繰り返さないだろう、という見方がすでに一般的になっているようだ。
2009年シーズン前も紹介したが、fangraphsという野球STATSの分析専門サイトが早くも主要選手の来季STATSを予測している。
 
有名なアナリストのビル・ジェームスさんと、ファンの2つだが、いずれも松坂は2010年ローテーションに復帰し、二桁勝利を挙げると予想している。しかし、その成績はBOSでは3~4番手前後。二流である。
2009年秋以降の松坂は、ほぼ立ち直ったとみてよい。4試合先発してQSが3。防御率は2.22。アナリストたちの判断も、これによるところが大きいと思うが、立ち直ったところで二流の成績では、松坂の光彩は鈍ってしまうように思う。
2002年、6勝に終わった松坂は翌年には自己タイの16勝を挙げ、防御率1位、奪三振王に輝いている。これくらいのカムバックを期待したい。
節目の30歳である。松坂はタダものではないことを、日米に知らしめてほしい。
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日本ハム、カーライルと契約|エピソード2009-27

旧聞に属するが11月17日に北海道日本ハムは、バディ・カーライルと契約した。この選手は、アメリカとアジアのプロ野球を経験している。ある種見事なSTATSの持ち主である。

96年ドラフト2順目でCINへ。同期にはジミー・ロリンズや巨人のグライシンガーがいる。ボーナス27万ドルつきだから、高卒としては好条件だった。
スターターとして順調にマイナーの階段を上がり、98年にSDに移籍後99年後半にMLBにデビュー。9月9日のMNT戦ではハビア・バスケスと投げ合って6回3失点で初勝利を挙げるも、他の登板はぴりっとせず、再びAAAへ。まだ見込みはあったと思うが、2001年に阪神にやってきた。まだ24歳だった。
この投手は、先発としてそこそこの数字は挙げるのだが、常に負け星も多い。被打率がやや高いのと、ピンチで打ちこまれることが多かった。気持ちがやや弱いという評判もある。
阪神の1年目は7勝(10敗)するも、翌年は先発で3度失敗。以後はファームで過ごし、翌年は再びアメリカに帰った。2006年には韓国LGに移籍し、先発だけでなく中継ぎ、クローザーも経験、翌2007年は再びATLに復帰し、けが人続出の穴を埋める形でローテーションの一角として8勝を挙げる。この年がカーライルのMLBでの頂点だった。
翌年からセットアッパーとなるが、成績が下落し、2009年はFA市場に出ていた。
この投手は、先発でなければ力が発揮できない選手のようだ。多少は打ちこまれるが、バックアップがあればQSはキープできる。実にさまざまなところで野球をしているが、まだ31歳。意外な掘り出し物になる可能性はある。

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もっとも出塁した選手はだれか?アリーグ編|2009年のMLB、NPB-05

本日より、年末集中やります!2009年のMLB、NPBをいろいろな観点から切ります!すいません、「MLBをだらだら愛す」を中断してから、ひたすらコンテンツをため込んでいたので、出してしまいます。おなかいっぱいになるかもしれませんが、お付き合いください。
まずは、出塁数の記録。安打、四死球で出塁した「数」にこだわったデータをリーグ別にみていく。アリーグから。規定打数以上の75人の比較である。
 
このリーグで一番ベースを踏んだのは、ジーターだった。289回。今年のジーターは長期低落傾向に歯止めがかかった。NYYからMVPを選ぶとすればCC、タシェアラに目がいきそうだが、彼の貢献度は高い。続いてフィギンス。打率でははるかに上のイチローよりも多いのだ。SEAファンには、希望が膨らむ数字だ。彼の加入でイチローの打点、得点も増えるだろう。そして、率でいえばマウアーの密度が高い。MVPも当然だと思う。
注目すべきは、安打/四球。この比率が低いということは、四球で出塁した比率が高いということ。予想されたことだが、最も四球による出塁が比率的に少なかったのはイチロー。R・カノも近い数字である。ただ、この比率1位のペーニャは今季、打率.227、本塁打王は取ったものの決して良いシーズンではなかった。投手が長打力を警戒するあまり歩かせすぎたというところか。
あまり目立たないが、CLEのチュー(秋信守)は、今季非常に中身の濃いシーズンを送った。個別のSTATSでも紹介したいが、まさにセイバーメトリクス信者好みの選手と言ってよいかと思う。

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松坂大輔をさらに分析する|日本人MLBプレイヤーの2009-15

さらに細かいSTATSで松坂を分析してみよう。
まずは、ゴロとフライの比率とストライクの比率。
 
はっきり分かるのは、ゴロとフライの比率がかなり変わっていること。松坂はもともとフライを打たせる投手だという印象だったが、2009年はこの比率がさらに高くなっている。ストライクの比率は大きく変わっていない。これは、打者が思い切って振っているということではないか、威圧感がなかったのではないかと推測できる。
さらに見てみよう。球種別の比率である。

比率は大きく変わっていない。こうしてみると、松坂はやはり速球主体に投球を組み立てているのだということが分かる。恐らくは、この速球のスピードが足りず、しかも甘かったために松坂は苦戦したのではないか、と思われる。春にスコアを確認した限りでは、松坂の球速は91マイル前後しか出ていなかった。
最後に、1試合完投に換算した四球、安打、本塁打、さらに被打率、BABIP(フェアグランドへ飛んだ打球が本塁打以外の安打になる率)、DIPS(奪三振、被本塁打、与四球に絞り込んだ投手力)を見てみる。DIPSはERA(防御率)との比較で見ていただきたい。
 
四球や奪三振の比率は大きく変動していない。はっきり悪くなっているのは被打率だ。2008年は規定投球回数以上の打者で最も安打を打たれなかった投手だが、2009年は大きく下落した。被本塁打も増えている。球の威力がなかったのか、と推測できる。
松坂は、NPB時代後半はERAとDIPSは拮抗していた。投手自身の責任ではない要素(野手の間を抜く安打、ファインプレー、審判の判定に左右される四球など)が含まれるERAと、投手の純粋な責任能力を表すDIPSが拮抗しているということは、NPB時代の松坂は実力に見合ったSTATSだったということだ。しかし、MPBに移って2年目の2008年は、ERAの方がDIPSよりもかなり良くなっている。この数字で見る限り、2008年の松坂は実力以上のSTATSを残したということになる。フロックとまでは言わないが、調整不足に加えて、松坂自身の過信が、2009年の陥穽を生んだという面も否めないのではないだろうか。
 
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千葉ロッテの新外国人投手2人|エピソード2009-25

12月18日、千葉は元巨人にいたRHPのブライアン・コーリーと契約した。また、21日にはRHPのビル・マーフィーと契約した。

この投手は苦労人である。高卒で93年DETに12順目(333位)で入団。同期にはバリテックがいる。入団当初は内野手だったが、4年目にARIに移籍するとともに強肩を活かして投手に転向。主にセットアッパーとして投げ、この年にMLBにデビューするも定着には至らなかった。以後AAAを中心に投げ続けた。2004年にはクローザーとしてシーズン途中に巨人に入るも結果を出せず再びアメリカへ。以後はAAAとMLBを往復する選手生活を送る。SDにいた2008年は39試合に投げるも1勝3敗 防御率6.23だった。
コントロールは良いが、被打率が悪い。球威がないということだろう。ただ、日本のことも知り、自分の実力も熟知した投手だから、使いやすいのは間違いがない。大きな期待はかけていないだろうが、セットアッパーとしてそこそこ働く可能性はある。
ビル・マーフィー

2002年、NCAAのカリフォルニア州立大から3順目(98位)でOAKに入団。同期にはザック・グレインキーやカーティス・グランダーソンがいる。先発投手として起用され2004年にはFLA、ARIへと移籍する。この年にはフューチャーズゲームに出ている。しかし、なかなかMLBには上がれず、そのうちに中継ぎに転向。MLBには2007、2009年に上がっているが目立つ実績は残していない。
この投手は秋のキャンプでテストを受けて入団した。がっちりした体躯。四球が多く、WHIPがMLBでもMINでも1.5を超しているのが気になるが、28歳と若いうえに左でもあり、活躍する可能性もあると思う。

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松坂大輔のGAME by GAME|日本人MLBプレイヤーの2009-14

以下は、松坂大輔のレギュラーシーズンとポストシーズンの全登板記録である。
 
1試合1試合見てみると、いろいろなことがわかる。2008年春先の見事な8連勝の間も、松坂は多くの四球を出している。また失点もしている。しかし肝心なところで抑えがきくから白星となったのだ。
好調な時でも立ち上がりによく打たれた松坂だが、2009年は特に1回に集中して打たれた。以後歯止めが利かなくなってずるずると失点を続けることが多かった。2009年の4月~6月はQS1試合もなし。
子細に試合記録を追いかけてみて、意外に思ったのは、今年の松坂の打者1人に対する投球数(PIT/BF)が少ないこと。予断では、今年は打者を料理するのにもたついて、投球数が増えているのかと思ったが、逆で、むしろ少なくなっている。夏以前の最後の登板となった6月19日などは2.91球しか投げていない。追い込む前にどんどん打ち込まれていたのだ。
好調な時の松坂は、投球数をたっぷりと使って打者を打ち取る。打者は追い込まれるまで手が出ないことも多いのだ。
9月に復帰してからは、松坂は本来の投球を取り戻しつつあったと思う。4試合中3試合がQS。我々はここに来季への光明を見出すのだ。
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